『アジアン・ジャパニーズ』から『日本を捨てた男たち』の時代性へ。



4 コメント

水谷竹秀『日本を捨てた男たち フィリピンに生きる「困窮邦人」




日本を捨てて、フィリピン女性と移住、所持金をすべて使い果たした挙句に女性に捨てられ困窮状態になって・・・。そんな困窮邦人たちを追いかけた、リアルなルポタージュが本書だ。

非常に重いテーマで、読み終えたあとにどんよりとした心持ちにはなるものの極めて良著だと思うので、感想を少し記しておきたい。

なお、ここでいう”アジア”とは便宜上、日本以外の地域に限定している。



本書と同じように日本を出た日本人の姿に迫る作品として、10年以上前に出版されブームとなった小林紀晴『アジアン・ジャパニーズ』がある。

日本の社会にこのまま取り込まれていくことに漠然とした不安を覚える若者たちが、”アジア”へと旅にでていく。

そこで見るもの、聴くものに刺激を受けながら若者たちが感じる”アジア”とは、また日本とは何かを、自らも同じ旅人としての小林氏が魅力的な写真とともに綴っている。

この本は若者たちを”アジア”へと駆り立てるひとつのカンフル剤となった。



だが、「日本を出た日本人」とはいっても、ここで描かれる日本人たちはあくまでも旅人であり、彼らは日本にいずれは帰ることを前提としていた。

彼らにとって(小林氏も含めて)アジアとは、あくまでも当時の言葉で言えば”自分探し”の場であった。

ー本当の自分は何なのかー

大げさにいえばそんな意識をもってアジアを旅している人々がそこに登場したのである。

(まぁ、僕は”自分探し”って言葉があまり好きではないけど。笑)



それに対し、本書で取り上げられる日本人は、日本をすでに捨てて、あるいは日本から捨てられた存在たちである。

日本からの移住のきっかけはほとんどが女関係やお金の問題。

日本での困難や日常的鬱屈を前にして、彼らは日本を捨てて、「楽園」としてのフィリピンへと旅立つ。

で、そこで待ち受ける壁と、ホームレスへの転落。

日本での日常の歯車のずれが、最終的に異国での絶対的困窮へとつながっていったのである。



よって、本書で描かれる”アジア”とは、『アジアン・ジャパニーズ』とは違い、リアルな生活の場である。

”アジア”の何かを求めて歩き、いずれは日本に帰るという発想はそもそもない。

希望をなくした日本を捨てて、”アジア”という新たな場へと移った人々なのだ。



しかも、それが結果として大困窮へと結実していることから、本書に流れる空気は極めて重い。

『アジアン・ジャパニーズ』にある、”気持ちを熱くさせるような何か”はこの本にはない。

この本を読んで、「よし、自分も同じように・・・」なんて思う人はそうはいないだろう。



だが、これはきっと今後幅広く読まれていくことになるだろうし、日本社会や個人の生き方を考える上でも重要な本になると思う。

なぜならば、異国で暮らす困窮日本人と彼らを取り巻くフィリピン人の姿が、現在の日本社会の問題点をよく投影しているからである。



フィリピンで困窮し、日本人には見捨てられながらも、見ず知らずのフィリピン人からの無償の助けによって生きていく困窮日本人。

「困っているひとがいるから、助けるだけ」

困窮邦人を助けるフィリピン人はそう語る。

そんな彼らの精神性はこれからの時代により大きな意義をもつようになるだろう。



「本当の自分とは」を問うような『アジアン・ジャパニーズ』に象徴されるような姿勢の時代は10年以上を経て変わった気がする。

今、現実の問題として生々しく僕らに突きつけられているのは、「日本で生きていく、あるいはそもそも生きていくとはどういうことなのか」といった根本的な問いかけである。



本書で水谷氏は最後、こう締めくくる。

「彼らは捨てられたのではなく、実は日本が捨てられたのではないだろうか。選ぶと選ばざるとにかかわらず、困窮邦人を通して浮かび上がる『捨てられた日本』という、もう一つの現実が、私の頭の中で静かにこだまし続けている」

この言葉はなんだか重い。



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4 コメント:

kapiraja at: 2012年1月3日 19:33 さんのコメント...

あけましておめでとうございます。

年明けからへビィーなテーマの記事でしたね。しかし、見事に今の日本の現状を言い表してくれていると思います。

残念ながら自分はこの2冊の本を共に読んでいないので偉そうな事は言えませんが、「アジアン…」から「日本を捨てた…」までの日本人の心の変化はRyotaさんに書いて頂いたとおりだと思います。

「捨てられた日本」という言葉は本当に重いですね。愛国心というものをしっかり受継いでこなかった日本人にとって、国を捨てることは意外と簡単な事のような気がします。

長くなって申し訳ございません。今年もよろしくお願いいたします。

Ryota Wakasone(若曽根了太) at: 2012年1月4日 9:12 さんのコメント...

kapirajaさん。

本年もよろしくお願いします。

さて、今後「日本が捨てられる」状況は加速するかもしれませんね。kapirajaさんのおっしゃるように、今は愛国心を植え付けるような教育も進んではいませんし。「国を捨てる」のは昔よりも簡単でしょうね。

ていうかむしろ、それがいい方向性のものだったら僕は全然かまわないと思います。日本以外での活躍の場を求めて、という感じならば。別に日本の中で一生仕事をして、暮らしていくというのは絶対ではないですしね。

むしろ、前向きにどんどん異国へ出ちゃえ!って派です。笑

ただ、その陰でこうした困窮邦人の実態もあるんかと思うと、複雑ですねぇ。

まぁ、いずれにせよ10年後、日本人がアジアにどう向き合うようになっているのか、楽しみです。

Phimai at: 2012年1月4日 19:50 さんのコメント...

Ryotaさん
遅くなりましたが明けましておめでとうございます。
今年も宜しくお願いします。
『日本を捨てた男たち』題名を見ただけでも惹かれます。
それぞれいろんな理由で日本を飛び出しアジアへ渡った
人たちのリアルなルポ、すごく興味があります。
そういう意味では『日・タイ交流六〇〇年史』も勉強に
なりましたよ!一般の日本人が私が想像していたよりはるか
昔からタイへ渡っていたり交流していたのは驚きでした。
今『シャムの日本人写真師』を読んでいますがこれも
良いですねぇ~。私はどちらかというと小説などの
フィクションものよりもルポのような事実に基づいたものが
好きなのでどれも読んでいるのが楽しいです。
今後も日常のリアルなタイと、Ryotaさんが素直に感じる
いろいろなことをUPして下さるこのブログを楽しみに
しています。気ままに気長~くやって下さいねー!

Ryota Wakasone(若曽根了太) at: 2012年1月5日 10:33 さんのコメント...

phimaiさん。こちらこそ、よろしくお願いします!

『日・タイ交流六〇〇年史』や『シャムの日本人写真師』を読まれた(ている)んですね。はるか昔に日本人が異国の地で暮らしていた様子がリアルに浮かんでくるようでいいですよねぇ。

岩本千綱『シャム・ラオス・安南三国探検実記』(1989年・中公文庫)も面白いですよ。乞食僧に身をやつして、タイからラオス、ベトナムへと抜けていく旅の記録です。なかなか、勉強になります。

ではでは、今後ともよろしくお願いします!

気ままに気長くやっていきます〜笑

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