バンコクからラオス、ベトナムへと歩いた挑戦者の”情熱”と”適当さ”。



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「よっしゃ、いっちょバンコクからベトナムまで歩いてみっか!

いや、でもなぁ・・・それまでの食料とか盗賊とか、虎とか。やばくね?


うーん・・・・あ、そうだ、とりあえず僧侶の姿になって施しをもらいながら歩こうぜ!

そうすりゃ、タダ飯で行けちゃうよ。

それに、盗賊も僧侶を狙うほど罰当たりじゃねえだろ」



こんなやりとりがあったかは不明である。

でも、岩本千綱は山本鋠介とともに、19世紀末にバンコクからラオス・ビエンチャン、ルアンパバーンを抜けて、ベトナムはハノイまで旅をした。




炎天下のなか100日以上かけて、托鉢片手にである。

しかも、彼らの旅路はあの頃まだまだ深い森。

虎も普通に出たし、実際、旅中彼らは遭遇して九死に一生を得ている。

でも、彼らは無謀ともいえる旅を制覇した。(山本は日本に帰る直前、ハノイで死んでしまったけど・・・)

ひとえに、情熱が支えたのだろう。



同じ頃にタイで生きていた日本人たちからすこぶる評判の悪い岩本だが(孫文の革命を生涯にわたって支えた宮崎滔天も、岩本の尻拭い的なことをしている。岩本は何かとルーズだったようだ)、でも彼の著作からは意気込みが伝わってくる。

人生で何かを達成しようともがく、そんな彼の姿が目に浮かぶのだ。



そして本は半笑いな様子も伝える。

ていうか、ある意味罰当たり的な行為?かも。



彼らは旅の途中、とある村に立ち寄る。

すると、村人は僧侶たち(偽×2)に訴える。

「疫病が流行し、死者が多く出ている。悪霊のせいだから、それを仏法の力で退散させてください」

お経をロクに知らない2人(偽)。

でも、飯は欲しい。

「よっしゃ」と立ち上がり、2人は都々逸を詠う。

軽快に、愉快に、それらしく詠う。

そんな2人の都々逸を前に、村人はありがたや、ありがたや。

2人そろって、半笑い。

・・・なんとも罰当たり。



でも挑戦者って、これくらいの適当さが必要だろう。

大きなビジョンをもって事を成そうと思っているんだ。

些細なことは半笑いで済ませなきゃならんだろう。

細かいことを気にしていられるか!ってね。



岩本は100年以上前の人物。

でも、何かに向かって挑戦する姿は、今の人と何ら変わりはない。



アジアに向かって羽ばたく、先駆け。

情熱的。



これから日本人はアジア各地へ羽ばたくだろう。

岩本的な適当さも少しは参考にすべきかもしれない。



うん・・・?まてよ。  

というか、アジアに住めば、”適当さ”は自然と身に付くな。

好む、好まざるに関わらず。

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